(最終回)
(我々は微力だが無力ではない)
連載は30回を迎え、なんとか最終回までくることができました。振り返って見ますと、
今治に赴任した当時(1992年)、タオルの海外生産比率は20%前後でした。その後、この比率は着実に増加し、2000年には50%を越え、2009年には80%に達し、現在もこの比率で推移しています。この間、マーケットの激変する中で、多くの経験を積んできました。それは、ジャパニーズクオリティをチャイニーズプライス(海外プライス)で実現するためのイノベーションであり、お得意様ならびに消費者に満足してもらうことが目的でした。そして、その結果が会社に売上や利益をもたらすのだという将来を描いての挑戦でした。足りない部分や失敗もたくさんありましたが、成功に信念を持ち、勇気を出して一生懸命仕事をしてきたことが、イノベーションに一役買った幸運に感謝したいと思います。仲間とともにプロジェクトに取り組み、一生懸命努力した結果、「我々は微力だが無力ではなかった!」というのが正直な気持ちです。
私の心の師、メンターの原田隆史先生のクレドを直接ご賞味ください。
(大いなる何かのお導き)
サラリーマンを卒業し、起業して、「微力だが無力でない自分」を信じて、新しいお客様へアポを取り商談に向かいました。自分の培った知識やスキルを必要としてくれる会社や人が必ず存在すると信じていました。前職で保有していた取引先の名刺は退職時に全部捨ててしまったので、ほとんどが初めてお会いする方ばかりでした。私のビジネスモデルは工場との直接取引でしたので、なかなか耳を傾けてもらえませんでした。まさに1勝9敗どころか0勝10敗の成績で散々でした。ある時、訪問していたC社のM部長は、偶然にも面識があったことがわかり、じっくりプレゼンを聞いてくれました。次に、会社の主要メンバーをご紹介いただき、驚くことに社長も知り合いであることがわかります。しばらくしてO社長と商談する機会にも恵まれ、なんと提案したL工場のことを良くご存知で、太鼓判を押してくれました。そのこともあり、お見積のご依頼をいただけるようになって行きました。口座開設も順調に進み、お取引がはじまり、現在も最重要お取引先としてお付き合いをいただいています。この幸運をもたしていただいたのは、大いなる何かのお導きとしか思えない出来事でした。
(目標でなく、目的の大切さ)
海外生産比率を高めることを目標に努力してきたのではなく、「タオルの横綱」になることを目的に掲げて努力したことがよかったと思います。「横綱とは、力でも技でも一番でなければならない。」世界を舞台にタオルの横綱になるべく、技とは企画力、力とは価格競争力と理解して精進しました。海外生産のファーストペンギンとして、新しい試みに挑戦しました。新しい目標に向かって頑張る中、重要なことは業界1番の看板を汚さないことでした。成果はどれだけ出たかはわからないものの、その試練の日々が私を奮起させてくれました。頑張った日々が今後の更なる成功に繋がることを信じています。上海工場が生産を開始した(1996年)頃、業界の一部から日本のタオル産業の寿命を削る暴挙だと非難する声もありましたが、時代は急速な円高とともに変化し、立ち止まることは許されませんでした。業界最大手TOPの決断で起こしたこのイノベーションは、日本のみならず、世界のタオルの歴史に刻まれる快挙だと思います。
(多くの仲間と世界の取引先のみんなに感謝)
自ら手をあげて今治プロジェクトに参加したことがターニングポイントでした。今治へ赴任早々に、会社のお金でお酒を飲みすぎて、上司からひどく叱責されたこともありました。初めての出張のパキスタンでは、到着早々に熱を出して、寝込む寸前になったこともありました。自動車レースを少しかじったことから、暴走族上がりにしては根性がない!と叱咤激励を何度ももらいました。
そんな頼りない自分を支えてくれたのは、多くの仲間と世界の取引先のみんなでした。日本の技術、品質管理を学ぼうとする姿勢は、どこの工場へ行っても幹部の皆さんから強く感じました。その幹部が持つ方向性、熱意、重要性を現場に落とし込むことが成功への道でした。何度も痛い目に遭いながら、致命的な問題まで発展しなかったのは、幹部の皆様のたゆまぬ努力と成功への情熱だったと思います。成功へ導いて下さった先輩の皆様、そしてお取引先の皆様、家族、そして多くの仲間たちへ感謝申し上げたいと思います。
(仕事には失敗は許されない、でも敗者復活はある)
仕事は学校や家庭と違い、失敗は許されず信賞必罰な原理原則があります。その環境下で、プロジェクトに立候補することは勇気が必要ですが、私は自らの意思で未知への挑戦を試みたことが人生を変えたと思っています。サラリーマンは失敗すると出世に傷が付くと思いがちですが、出世の心配より挑戦しない自分の心を心配した方がいいと伝えたいです。多くの艱難辛苦は自分を磨き、会社を成長させます。最終学歴、成績は関係ありません。時代の変化に対応できる最新学歴だけが頼りです。つまり、実学を学び、熱い思いを持って、真っ直ぐに成功だけを思い描き行動する。最後まで諦めない気持ちを持ち続けることが大切です。この世の中には、敗者復活制度があります。厳しさの中にも、安心して間違いが出来る環境こそが、企業や人を成長させるものと思います。家庭、学校、会社、組織、商売全てに共通することではないかと思います。
メンターの原田隆史先生は、このことをクレドがズバリ言い当てています。「#361 安心して間違える事の出来る場所を作る」をご賞味ください。
(墓碑銘を「タオルバカ一代」としてほしい)
何かを成し遂げたというよりも、タオルのイノベーションに費やした思いを残したいです。人生の大半をこの仕事に捧げ、その中で得た感謝の気持ちや貴重な経験に、心から感謝しています。出会い、友情、国際関係、笑い、感動、喜び、そして試練に対しても、この経験に深い感謝を抱いています。人生で数々の奇跡が起こったのは、偶然ではなく、成功への信念を貫き通し、前を向いて進んできたからだと信じています。この思いを後世に残せたら素晴らしいと、心の奥底で願っています。
(原田隆史先生へ感謝)
タオルバカ一代の連載に登場する「朝刊原田先生」のクレドは、非常に重要な教えを含んでいます。もし自分の未熟さや失敗に気づき、その改善方法を知りたい場合は、原田先生の著書や動画を参考にすることをお勧めします。原田先生からの知識やアドバイスは、勇気や元気をもらえるだけでなく、成功するための考え方やノウハウを学ぶことができます。
ユニクロの柳井さんが、会社の成長期で従業員の対応に困った時、原田先生に相談したというエピソードがあります。ある日のこと、雨の日に熱を出した幼子を抱えたお母さんが店舗を訪れ、電話を借りようとしたところ、店長はマニュアル通りにお断りしてしまいまったそうです。マニュアルだけでは、店長を成長させることはできないと懸念したことがきっかけで、その後、原田メソッドの指導を受けた若い店長さんたちは自立し、職責を全うされ、ユニクロの成長を支える柱になっていったそうです。
この連載に、掲載のご許可をいただきました原田隆史先生に、改めて感謝を申し上げます。
366個ある「朝刊原田先生」のクレドから、お気に入りを3つご紹介して、この連載を締めくくりたいと思います。
「主体変容」
最後までお付き合いをいただきありがとうございました。
皆様の一助になる部分がありましたら、こんな幸わせなことはありません。
(完)
タオルバカ一代 ㉚ 最終回 (我々は微力だが無力ではない!) 完
タオルバカ一代(新商品が大ヒット、大手アパレル企業とコラボ) ⑳
(あとがき)
サラリーマンを卒業して、今でもタオルと一緒にお仕事をさせていただいている幸運に改めて感謝しています。